カシス色の欲望

久々知は所狭しと大皿に盛り付けられたからあげの山を眺めながら、コップの中のウーロンハイを少しずつ胃に流し込んでいた。学科代表の顔合わせなんてろくなものじゃない。顔をあわせてすることといったら、先輩を交えてアルコールを摂取しながらバカ騒ぎをするという、ただその繰り返しなのだから。これが学科の学生たちのためになるとは到底思えなかった。
騒動に混じろうという気は残念ながら全くおきなかったので、彼は隅の方にこっそり移動し、同じく騒々しいのは苦手らしい哲学科の1年生ととりとめのない話をつつきまわしていた。彼のおかげで飲み会の時間は十分なほど楽しく消費されていったが、久々知は10分に1回は腕時計にちらりと視線をやらずにはいられなかった。ささやかに弾む会話も、周囲の品のなさに引き摺られては途端に味気ないものになる。おそらく相手も同様の気持ちだっただろう。
もう何も飲みたくない気分だったが、なぜ飲まないのかと絡まれるのを避けるため、ふたりしてソフトドリンクを頼んだ。グラスの中にしきつめられた氷がおさえられた照明の光を反射してキラキラ光るのを見て、ふいに、久々知は竹谷にとても会いたいと思った。

竹谷と顔をあわせた回数など片手で足りる。ましてや、そのうちで机を挟んでじっくりと話をしたのはたった1度きりである。いくら隣人であっても学部が違えば生活リズムは全く違うのだ。にもかかわらず、唐突に会いたくなるとは、よく考えれば不思議なことだった。けれどあのとき、確かに時間はひどくゆっくりと動いていた。ゆっくりと、まるで氷河のように。glacier。at a glacial pace。どこかでそんな英文を見かけたような気がする。

どこで読んだのだったか思い出そうとしたところで、騒いでいた2年生のひとりが隅の方で小さくなっている彼らを目敏く見つけ、無遠慮に割り込んできたので、久々知は思考を中断せざるを得なくなった。ほどよく酔った赤い顔が、「今あっちに行くと面白いものがみれるぞ」と宣言する。物静かな哲学科の1年生からは口を開く気配が感じられなかったので、自然と久々知が相手役を務めることとなった。
きけば、反対側のテーブルではある1年生の男が別の1年生の女の子に興味を抱き、あろうことかお持ち帰りを企んでしまったらしく、ことを簡単に運ぶために酒の力でもって彼女を落とそうと今まさに奮戦している最中であるらしい。久々知はそれのどこが面白いのかわからなかったので、「それは、とめた方がいいんじゃないですか?」とひどく冷静に返した。もちろん、面白みのない奴だと一蹴される覚悟で言ったのである。しかしそんな回答は彼の予想の範疇だったらしく、それがな、とさらに食いつくように言葉をつないでくる。「女の子の方がひどい酒豪でさ。いや、酒豪っていうか、あれはザルだな、ザル。むしろ木枠か?とにかくどんだけ一気に煽らされても顔色ひとつ変えねぇんだもん。見てるこっちが気持ち悪くなるくらいだよ。そのせいで同じペースで飲んでた男の方が死にかけてんの。いい気味だよな!」それは確かに小気味のいい話だった。

2年生の指差す方向に視線をやれば、騒々しい人ゴミの隙間から、ぐったりと机につっぷしている男の頭がちらりと見えた。顔は見えないが、アルコールの湯気でも立ち上りそうなその雰囲気で、相当酔っているのが伺える。明るい色に染められた頭の周りには空になったグラスやらジョッキやらがごろごろと乱雑に置かれており、彼の奮戦の様子がありありと見受けられた。
その隣で、涼しい顔をした女の子がライムを浮かべたサワーグラスを傾けている。元凶の男はすでに酔い潰れてしまっているので、つまり彼女は自発的になおも飲まんとしているというわけである。周囲のグラスの数を数えて、久々知は背筋に悪寒が走るのを感じた。