ダルジュロス

葛葉ちゃんと最近どうなの、と何気なく訊ねるのは、会話が途切れたときのお決まりのパターンになっていた。無論、歯切れの悪い返事しか返ってこないのは承知の上なのだが、思わず口をついて出てしまう。彼が女の子といるときにどんな表情をするのか、ぼくには想像もつかない。

「別れた」

水の入ったグラスにちょうど口をつけようとしていたぼくは、思わず動きを止めた。想像も予想も、全てを超えたところから言葉が飛び込んできたからだった。彼の表情を思わず確認してしまうが、彼はいつもどおりどこか不機嫌さをはらんだ顔のままラーメンをすすっていた。平静すぎていっそ現実感がなかった。

「嘘だろ」

自分でもわかるくらいに素っ頓狂な声が出た。

「本当だよ」

口の中のものを飲み下し、次の麺をすする。そのわずかの空白でそれだけを言い放った。ぶっきらぼうな物言いの上、視線を合わせようともしない。詮索を拒むポーズだということは明らかだった。しかしもはやそれが有効だった時期ではない。

「なんで別れちゃったの。てゆうかいつの話さ、それ」
「いいだろ、別に」
「よくないよ。一言くらい言ってくれたっていいじゃないか。葛葉ちゃんだろ」
「あいつだからなんだっていうんだよ」

なしのつぶて、という言葉が思い出された。まるで彼の周りを黒い壁が覆っていて、そのせいでぼくの言葉がすべて弾き飛ばされてしまっているかのような。彼との付き合いはすでに7年も過ぎんとしているが、その中でもワースト3にランクインする不機嫌さだった。
ちなみにワースト1を飾ったのは、件の彼女の兄がフランスへ留学した前後のことだった。あの時の彼はそれこそ一瞬即発、触れれば火傷では済まされないくらいの荒れっぷりを披露したものだったが、ほどなくしてあっけらかんと「彼女ができた」と報告してきたものだから、仲間内では苦笑いとともに語られる話題となっていた。しかもその相手が相手なだけに、「あいつの真意がわからない」だの、「プライド云々の前にあいつも男なんだろう」だの、「天才バイオリニストも本能には勝てない」だの、散々な言われようだった。可哀想だとは思うが、最高潮に不機嫌だった頃の彼にとばっちりをくらった側としてはこれくらい言う権利はあると思う。何よりふたりはそれなりにうまくやっているように見えたのだから。

「びっくりだよ」

もう何も話したくないというオーラを全身から放っているものだから、感想を述べるくらいでしか次の句をつげない。もくもくと麺をすする食満を観察する目で見てしまう。

「悲しいの?それとも、安心しているの?」

唐突な閃きだった。そのことに気づけたことに自分でもぎょっとした。手もとの昼食がのびていくことも忘れて、ぼくは食満の表情に目を凝らしていた。店内の喧騒が巧妙に緊張感をかき消してくれる錯覚におちいる。しかし、ごまかせないものがそこにはあった。

「ごめん」

思わず言ってしまう。言わざるをえなかった。数秒のブランクの後にようやく彼は息のようなものをもらし、むしろそれが証明となってしまった。可哀想なことに。
いいんだ、というように首を振ると、彼は重い口を開いた。

「俺がいても、何も変わらなかった」
「きみは何かを変えたかったの?」
「・・・わからん」
「きみが好きだったのは、だれ?」
「・・・」
「・・・ごめん、もう聞かないよ」

それからは互いに無言で麺を摂取した。大学近くの、いつも長蛇の列ができているラーメン屋。数か月前にテレビで紹介されて以来、列は一層長さを増した。いつか食べたいねと話をしていて、今日ようやく来ることができたのだけど、まったく味がしなかった。
空になったどんぶりを、ぼくは幾分の憎しみを込めて押しやった。