23時30分はもう過ぎた頃だろうか。笑えないくらい寒い。泣きたくなるくらい寒い。当然だ。屋根もない満天の星空の下にいたら冷え込むのは決まっている。いくら周囲に大勢人がいるとはいっても、だ。
「さむい」
ぐるぐるに巻いたマフラーに顔を埋めながら、わたしはぽつりとぼやいた。今日顔をあわせてから何度目の言葉かわからないので、もはや周りは誰も反応してくれない。鼻を赤くした食満は少し顔の角度を変えただけ、潮江と立花にいたってはちらりと視線をよこすことすらしなかった。薄情なやつらめ。マフラーの中で舌を出す。すると何の前触れもなく、後ろから大きな手がぬっと突き出してきた。焦点をあわせると、それは湯気の立つコップを差し出していた。
「・・・ほうじ茶だ」
長次がぼそりと呟く。水筒を持参していたらしい。ありがと、と小さく言って受け取ると、たちまち手袋越しにじんわりと熱が伝わっていった。
「用意がいいね」
「・・・こうなると思っていた」
その言葉をきいて、すぐさま隣にいた伊作が眉をひそめて反応した。
「わかってたなら、なんで止めなかったんだよ」
ほんとうに。全員がじっとりとした目で長次をねめつける。しかし長次はあっさりとしたもので、数秒のブランクの後、
「止められると思うか?」
と平坦な声で言ってのけた。別に諦めているわけでも呆れているわけでもない彼の淡々とした物言いのせいで、むしろこいつも共犯者なんじゃないのかと疑心暗鬼にさせられてくる。怒りの矛先を本来向けるべき相手に向けることができない、フラストレーションの行き先。つまるところ、全員が全員寒さにめっぽう弱いのだった。
元旦に初詣に行きたいといわれて、それがまさか本当に深夜に行くと、誰が予想できるだろうか。いや、言いだしっぺがあいつだった時点ですでに最悪の事態は覚悟しておくべきだったのかもしれない。
「ほら、もうすぐ獅子舞はじまるぞ」
この場の雰囲気に似つかわしくない能天気な声が寒空の下で響いた。悪気なし、邪気なし、自覚なし。このアホみたいな会合を企画した張本人は本気で周りの冷たい視線に気づいていないらしく、にかっ、と太陽のような笑顔を浮かべている。
「もっと前行こうぜ!」
肩を捕まれ、ぐいと引っ張られる。こげ茶色の液体が零れそうになり、間一髪のところで長次がコップをキャッチする。その横ではすでに風邪をひきかけているのか、伊作が盛大なくしゃみをかます。さみー、とこれ見よがしに両肩をこする食満。殺意むき出しの潮江。そしていつもの何倍も眼光のするどい立花。
そういえば、去年の年越しもひどいものだった。誰からともなく伊作のアパートへ集まり、コンビニへの年越しそばの買出しをきっかけに酒盛りが始まった。そんなこんなでぐだぐだに始まった酒盛りはさらにたちの悪いことに飲み比べ大会へと変貌を遂げ、除夜の鐘が聴こえてくるころには空になったテキーラとジンとウォッカの瓶と一緒に全員の死体がごろごろと転がっていたのだった。
(そういえば、あの飲み会で伊作んちのトイレが詰まったんだっけ)
わたしたちの大晦日には紅白もガキ使も行く年来る年もない。馬鹿騒ぎと、無謀さ。そして7人が揃えばもうそれで十分。たとえばこんなふうに、首を竦めて寒さに震えているうちに気づいたら新年だったなんて始末でも。その証拠に、誰一人としてこの場から離れていく奴なんていなかった。
「お、0時」
心地よい喧騒の中、小平太が呟く。もう両手は寒いを通り越して麻痺に近い。口を開けばあけましておめでとうの言葉よりも先に白い息が出た。