誰かが泣いたあとのよう

すでに真上に昇りかけている太陽の光が降り注ぐベランダ。洗濯機から取り出してきたばかりの洗濯物を物干し竿にかけていけば、深緑のパーカーがいやに異彩を放って視界に映った。なぜだろうと頭を抱える余地はうまれない。つまり、周囲の布たちに比べてサイズが一回り大きい。
「悪かった」
部屋に戻って窓を閉めればいつのまにやら目を覚ましていたらしい彼が、寝そべったままの体勢でこちらを見上げていた。「いいよ別に。ついでだし」洗濯のことを労ってくれただろうと思ってそう言うと、途端に不機嫌そうな顔になる。
「違ぇよ。そっちじゃない」
「そっちって?」
「昨日のこと」
「昨日?」
「…本気で言ってんのか?」
彼はのそりといかにも不機嫌そうに身体を起こす。目の辺りは普段よりほんのすこしだけ落ち窪んでいて、まるでなにかの影みたいだった。何か言うべきか、言うとしたら何を言うべきか、考えをめぐらせているうちに、「腹減った」と何事もなかったかのような表情に戻っている。
「なんか作って」
「うちなんにもないよ」
「米くらいねぇの」
「米しかない」
「…じゃあ外行くぞ」
「うん」
彼は布団を蹴り上げると、まっすぐお風呂場に消えていった。
ざあざあと水の音が聞こえてきて、わたしは先ほどまで彼が横たわっていた布団に背中から勢いよく倒れこみ、その拍子に、ああ夜中に突然訪ねてきたことを言っていたのねと、はたと気がついた。けれども蒸し返す方がよっぽど彼を嫌がらせることになるんだろうな、と思いながら視線を移した。窓の外。
気に食わないことなどたいしてないくせに、いつもふてぶてしい顔をしている彼によく似合う深緑色が風に揺れている。わたしは夕べの、ぐっしょり濡れたパーカーの隙間から光ったふたつの眼光を思い出していた。