わたしはひとり、公園のベンチに腰かけていた。かすかな風が髪をさらい、むきだしの膝を撫でて通り過ぎていく。足もとの芝は季節に敏感で、プラントの気候が夏に設定されている証拠に青々しく刈りあげられていた。
子供の騒ぐ音が後ろでずっと聞こえている。時々、犬の吠える声も聞こえた。
空を見る。空は一点の淀みもなくすんでいる。なんだかとても眠たかった。公園の芝は年中こんな気持ちなのかなと考えたらぞっとしなかった。ヒールのかかとで芝をつつく。華奢なストラップをあしらったかかと8センチのサンダル。歩きにくいこと極まりない。
脱いでしまおうかなあ、と考えた時に、別の靴が視界に割り込んできた。ベルトの巻き付いたいかつい靴だった。
「テトラ?」
靴の持ち主がそう言った。目の前50センチくらいのところだ。靴、脛、腿、腹、と順番に視線をあげていく。
「やっぱりテトラだ。なに、どうしたんだよ、こんなところで」
「わたしがここにいたらおかしい?」
「だってお前の住んでる場所、ここじゃないだろ」
ここ、というのはユニウス市のことだ。わたしの家はアプリリウス市にある。なぜそんなことをハイネが知っているのだろうと思ったけれど、休暇前になにげなしに口にしたかもしれない。
「本当は今日帰るつもりだったんだけど」
ぼそりと答える。
「なにか用事があったのか?」
「別に、そもそも来たかったわけでもなかった。本当なら、今頃自宅でぼんやりと過ごしているはずだった。せっかくの休暇がだいなしよ」
ハイネは片眉をあげた変な顔でこっちを見ている。なんだか膝が落ち着かなかった。受け身をとるように両腕で膝を抱えると、今度は胸元がすうすうとした。今のわたしは武器を捨ててコクピットを開け放ったモビルスーツみたいなものだ。足も腕もさらけ出して、どこも防御できていない。照準を一度でもあわせられたら逃げる術はない。ハイネもおちつかなげに目を逸らしている。同情してくれているのかもしれない。
「まあ、」
彼の声はどういうわけか少しかすれていた。もとから少しかすれ気味の声ではあるけれど。
「せっかく来たんならゆっくりしてきゃいいじゃん」
「やだ」
「いいところだぜ。ユニウス市は。なんたって俺の生まれたところでもある」
「ふうん」
そこでふと、ハイネの背後になにかあることに気がついた。軍用ではない、市販のバイクが公園の入り口のところにとめられていた。ハイネのブーツみたいに厳ついバイクだ。ということはきっとハイネのものなのだろう。
わたしの視線に気づいたハイネは、なぜか誇らしげに腕を組んだ。
「あれな、アカデミーに入るまでは結構乗ってたんだけどな。今は休暇くらいしか使う機会がないからできるだけ走らせてやってるんだ」
「改造しがいのありそうな車体ね」
「やめてくれ。公道を走れなくなっちまう」
「まずあの無意味なでっぱりを取ってしまった方がいいと思う。空気抵抗の法則を無視した作りとしか言いようがないわ。そもそもあれじゃあ的にして下さいって言ってるようなものよ」
「俺は私用のバイクで連合軍につっこむつもりなんてねえよ!っていうかあれはああいうもんなの!ほっとけ!」
これだから女は、とかハイネはぶつくさ言っている。まあ無法者みたいな顔だけど、愛嬌があって悪い子じゃなさそうね、とフォローすると彼はあからさまにため息をついた。
「テトラ、もう市街地の方には行ったか?」
「行ってないよ」
「じゃあ行く?案内してやるよ」
「・・・は?」
わたしは思わず眉をしかめた。
「いいよ、別に。ハイネは用事があるんでしょう」
「俺はただあれを走らせてるだけ。どうせならひとりよりふたりの方がいいだろ」
「あれ、二人乗りなの?」
「おう」
「バクゥみたいなのね」
「・・・おまえさ、なんでもかんでも戦闘機に例えて考えるのやめないか?」