憤懣やるかたない、といった顔でひとりのパイロットがプラントへ一時帰還していったのが3日前のこと。起床と同時に格納庫へ向かい、メカニック長に追い出されるまでオイルにまみれて機械をいじる。そんな日が3日分続いていて、予定ではそれはあと2日続くはずだった。心はひどく穏やかだった。
「テトラってさ、ハイネのことどう思ってるの?」
会話はひたすらに浮ついていて意味がなく、眠気だけを誘う。一方的に投げられる言葉をひたすら上の空で流し続けていたら、ふいにひらけた空間に出て後頭部を強打された。そんな錯覚に陥った。
「厄介事の好きな男だなと思ってる。戦闘中も人のことばかり気にするし。あいつはあれでいつか命を落とすよ」
「それは仕事での意見だろ?俺がききたいのはそういうことじゃない」
わたしは端末から頭をひきあげた。ミゲルははじめからこちらを見下ろしていた。わたしはコクピットに座っていて、彼はキャノピーの部分に腰かけている。いつもなら違う人物が陣取っている座標だ。そんなことを考えて、なぜ考えたのかわからなくなって考えるのをやめた。
ケーブルをプラグに繋ぐと、低い振動音がうなった。なにをききたいのか・・・眉間に皺のよるのを感じていた。
「答えたくないって顔だな」
「別に。ただ、わたしの答えはシンプルだよ」
「へえ?」
「理由はわからない。でもわたしにはハイネでなければならなかった。ただそれだけ」
ミゲルは声を出して笑った。わたしは居心地が悪かった。
「そうだよな、おまえ、あいつがいないと何にもできないもんな」
「・・・なにを、」
「俺ね、実を言うと、『魔女』よりあいつの方に興味があったんだ。ホーキンス隊所属のパイロットは7人。アンドロメダ攻防戦で、隊長含む3人は敵の情報に踊らされて別動。残り4人のうち戦死したのは2人。ネビュラ勲章を授かったのは1人。じゃああとのひとりは?一体どんな奴だったのか?」
ぱっと表情を変えて彼は言う。同じ笑顔でも彼のもつ笑顔は自由奔放で制限がない。
「わかったよ。ハイネだったんだな。ってことは本来勲章に値するのは奴の方だ。お前じゃない」
「名声に固執してるつもりはない。譲れるのなら譲るけど」
「やっぱ当事者と話さないとわかんないこと多いよな。2人が戦死したのは敵の攻撃でじゃなくて、あんたの弾が当たったんだ。じゃあハイネは?なぜ死ななかった?」
演技じみた物言いだな、ということを思った。
「『死ななかった』んじゃない、『殺されなかった』んだ。あんたの攻撃に」
「知ったような口を」
「戦闘記録、見せてもらったんだ。シュミレーションしたいって言ったら意外にいけるもんだな」
そうしてまた満面の笑みで笑う。
「あんたは核爆弾だ。ほっといたら勝手に爆発して敵味方も関係なく全滅させちまう。でもハイネがいてコントロールしてるから、おまえは英雄でいられるんだ」
「わたしを英雄だと表現したのは、ミゲル、あなた一人よ」
「この艦の人間以外は全員だよ。コーディネーターの全人口に対して艦のメンバーは何%になると思ってんだ?」
わたしは目を見開いていたと思う。
「腹減ったな」
ミゲルは唐突に話題を変えた。「そろそろ夕メシ行かないか?」
そう言って腰をあげた彼は、何事もなかったかのように右手を差し出すのだった。
何が言いたかったのかわからない。そう言うと、彼は愉快そうに口の端を歪めた。
「俺は何を言わなかったからわかるからいいんだよ」
「あなた、なにも知らないのに」
「だって他人事だもん」
そういえば、と彼はパンをちぎる。
「アカデミー時代のハイネの女性遍歴のこと、知りたくない?」
「・・・本当に、何がしたいのかわからないわ」
「あえて言えば、ひっかきまわしたい、かなぁ。他人事だし。あ、でも独り寝の夜にグッバイしたくなったら言えよな」
いつ右の拳を突き出すか。今はそのタイミングだけをはかろうとしている。