シュヴァルツヴァルトで待っていて

 
 
とりあえずここではないどこかへ行く。最初に浮かんだのはそんな漠然とした思いつきだった。純粋な思いつきの発展。気づけば銃を握っていて、周りを見れば使命感に溢れたやつばかりだったものだから、たまらない。申し訳ないなぁ、なんて、ちょっとは思ったりするけど、それだけだ。反省の色なんてない。そもそもそれって何色?トリガーをひく指が何色かなんて、誰も気にしちゃいないでしょ?
 
 
 
 
床にスーツケースを広げて支度をしているわたしを、ギルは入り口に立ってじっと見ていた。振りむかなかったのは決心が鈍ると思ったからではなく、たんに心が痛むのが嫌だったからだ。確かめなくてもわかる、ギルはすごく傷ついた顔をしているはずだった。その原因がどちらにあるかという、ずいぶん長い間わたしの中で続いてきた論争はいまだに決着がついていないが、にも関わらずちくりと心が痛むのはどうしたってとめられない。しかし同時に、燃えたぎる怒りと悲しみも伴うとなったら、これはもう、離別という選択肢をひっぱりだしてきてスーツケースに詰め込むのが一番の救済であると思えた。
決して多くはない荷物をつめ、スーツケースの留め金をぱちりとおろす。玄関に立ったとき、ギルは、

「休暇には帰って来てくれるんだろうね」

と、言った。この世の優しさと悲しさを全てかき集めて作ったような声だった。

「もうわたしの両親に義理立てする必要もないでしょう」
「何度謝っても、やはり許してくれないのだね」

確かにギルは何度も謝った。わたしの両親がギルの恩師であること、ギルが両親の一番弟子であったこと、わたしの両親が遺伝工学の権威であったこと、わたしを養子に迎えいれ、出世の道具として利用したこと。もちろん、そんなことはずっと昔から知っていた。事実、無関係だった。

「あのひとによろしく」

わたしは家を出た。後悔があるとすれば、なぜあのときちゃんと否定の言葉を返さなかったのだろうということだった。甘えがあったのかもしれないが、今となってはどうでもいいことだ。