Love etc.

街を歩いていたら獄に会った。
わたしは愛猫のおやつを買いにペットショップに行くところだった。そう伝えると、奇しくも獄もちょうどペットショップに行くところだと言った。獄、ペットなんて飼っていたかしら。考えつつも、自然と並んで歩くことになった。

街で一番大きなペットショップに、わたしたちはすぐに行き着いた。ところが不思議なことに猫のおやつはどこを探しても見つからなかった。猫なんてペットとしてありふれているにも関わらず、隅から隅まで探しても見つからない。犬のおやつは二列ぶちぬきで並べられている。なのに猫のおやつだけはいくら探しても見つからないのだった。
隅の方で文鳥の世話をしていた女性の店員さんを見つけ、藁にもすがる思いで声をかけた。店員さんは親身になって手を貸してくれた。でも結果は同じだった。
猫のおやつなんて絶対あるはずなんですけどねぇ。途方に暮れたように店員さんは言い、私も、そうですよねぇ、と途方に暮れて相槌を打った。犬のおやつですがこれなんか猫にもあげられますけど、と店員さんはとあるパッケージを取って差し出してきたが、わたしは迷わず首を振った。わたしが探してるのは猫にもあげられる犬のおやつじゃなくて、猫のおやつなんです。そんなの、猫に失礼じゃないですか。
店員さんの肩先にとまる文鳥を見て、ふと、もしかしてここは文鳥がいるから猫のものはおいてないとかですか、とたずねた。そんなわけないです、と優しい女の店員さんは毅然と答えた。犬も猫も、なんでも取り扱ってます。たしかに耳をすますと、店内には犬と猫の声が聞こえていた。わたしはどこか釈然としない気持ちを抱えながら、とぼとぼと店を出た。
その間ずっと、獄は何を言うでもなく、後ろをついてきていた。励ましの言葉をかけるわけでもなく、別の店を探した方が早いだろうがとか、ネットで買えばいいだろうがとか、いつもの正論をぶつけるでもなく、時折ハムスターのケージをのんびりと眺めたりしながら、わたしの後ろにいた。自分の用事はいつのまにか済ませていたようで、手に小さなビニール袋をぶら下げていた。

わたしたちは店を出て、どちらともなく市街地の先にある川の方に向かった。夕方で、大通りは帰路につく人や大切な人との約束に向かう人たちでごったがえしていた。夕陽がそういう幸せな人たちを染めて真赤にしていた。
川と街とを一望できる公園に辿り着くと、わたしたちは花壇のへりに腰を下ろした。煙草を一本くれと獄がいい、わたしは自分のマルボロとジッポーを鞄から出して獄に渡した。獄が火をつけて大きく一息吸い込んだあとに、わたしも自分の煙草に火をつけた。煙が肺を充した瞬間、なんておいしいんだろうとしみじみと思った。一方の獄は習慣で吸っていますという澄ました顔で川の向こうに無言で視線を向けていた。

ふいに、どうしようもなく、幸せだと思った。なのに同時に広がったのは悲しいという思いだった。なぜそんなことを思ったのかわからなかった。わたしがおやつを持って帰ってくるのを待ち侘びている猫を思って哀れになったのかもしれない。猫のおやつなんてありふれたものに出会えなかった自分の不運を嘆いていたのかもしれない。幸せがなんなのか自信がなくなっていたのかもしれない。
携帯灰皿でマルボロの火を消した獄が立ち上がり、なにか食べてくか、と言った。いいね、とわたしは笑った。










という夢を今朝がた見たのだが、そのことを獄にどうやって伝えようか、わたしは考えを巡らせている。

あまりに現実とかけ離れた夢だったので、起きた瞬間妙に感動してしまった。
重度の猫アレルギーを患う現実のわたしは猫なんて人生で一度も飼ったことはないし、この街はあんな景色のいい公園なんて持ち合わせていない。わたしは非喫煙者だし、獄が愛飲しているのはマルボロではなくハイライトだ。そして何より、獄はデートであろうがペットショップになんて絶対ついてきてくれるはずがない。

考えれば考えるほど本当におもしろい。ペットショップと獄。なんて似合わない組み合わせだろう。

だから、ベッドに横たわったまま、とっさにスマホを取って夢の記録を一心不乱につけてしまったのも、多くの人に共感してもらえるのではないだろうか。少なくとも、夢日記に熱中するあまり家を出るのが遅れてしまい、不機嫌になってしまった獄以外の人には、納得してもらえるだろう。獄お気に入りの喫茶店のモーニングに行く予定になっていたので、獄の機嫌はひときわ斜めに傾いていた。

いつもより口数少なくコーヒーをすする獄に、弁明のつもりも込めて、夢の内容をどうやって伝えようか考えを巡らせていた。しかし考えているうちに、そんなこと一ミリも伝えたいわけじゃないことに気がついて、息を呑んだ。

おかしな話だが、私は夢の荒唐無稽さを伝えたかったわけではなく、それらが本当に起こった出来事のような気がしていて、その同意を求めようとしていたのだった。10年以上一緒にいるのだから、お互い忘れてしまった一日くらいきっとあるだろう。あるいは、気づかないうちにそういう日を経験していたとしても、いいんじゃないかしら?

獄が驚きのあまり、あるいは呆れのあまり、サラダのフォークを床に落とすところを想像して、わたしはくすりと笑った。現実の獄は相変わらず不機嫌そうな顔でこちらを見ている。今朝、なかなかベッドから出ようとしない私に痺れを切らして、布団を剥ぎ取りにきた時と同じ顔だった。不機嫌な顔を隠すこともしないが、かといって会うことをやめようとはしない男。さっさと一人で出て行ってしまえばいいのに、いつもスパスパと煙草を吸いながらリビングで待っている男。黒を基調にしたリビングは、壁一面ウイスキーやギターのコレクションが鎮座していて、生活に女を必要としていないことを主張する。この矛盾の塊のような人。

このあとペットショップに行かない?
却下されるとわかっていて、わたしは獄にたずねた。