Born Villain

扉を開けるなり、強い酒の臭いが鼻をついた。アジトが酒盛りの会場になることは珍しくなかったが、無音状態だったのが足を一瞬だけ止めさせた。眉をしかめて、扉をしめる。
探すまでもなく、元凶である男はソファにだらしなく寝そべっていた。

「やあ、ペッシか?」

焦点の定まらない瞳をしたメローネは、テトラの蔑む視線が見えていないのか、臆することなく片頬を釣り上げて笑う。テトラは答えず、無言で部屋中の窓という窓を開け放つ。

「ハッピーかい?プロシュートの野郎にどやされてないかい?」

簡易キッチンの換気扇を入れたところでそんな声がかかり、仕方なくテトラはソファの横に立った。そしてソファの足、ちょうどメローネの頭の下辺りを、思いっきり蹴飛ばした。

「誰がパイナップル頭よ」
「なァんだ、テトラか」
「この状況でハッピーな気分になるやつは、なかなかいないでしょうね」
「そうかい?まあ、俺も今ディ・モールト最悪な気分だけどな」

メローネの周りには、空になった酒の瓶がごろごろと転がっていた。そのうちいくつかは壁に叩きつけられ、粉みじんになって強いにおいを発する液体の上に浮かんでいた。メローネは長い腕を伸ばし、まだ中身の残っている酒瓶をとると、直接瓶に口をつけて酒をあおった。腕には大きな青あざが、こめかみには細かい切り傷ができている。
泥酔しているくせにテトラの視線に気づいたのか、メローネは腕の痣をべろりと舌でなぞった。

「何があったか知りたいかい?」
「ここの掃除を誰がするのかって話なら、ぜひ聞きたいわね」
「つれないねぇ。そうだ、俺、リゾットがセックスの最中に何考えてるのかスゴク気になってるんだが、君はどう思う?俺は素数でも数えてんじゃないかと思ってるんだが」
「…どうかしらね」

基本的にメローネの行動は常軌を逸しているが、こういうわかりやすい荒れ方をするのは初めてだったので、正直テトラは驚いていた。しかし顔は至って無表情を努めた。驚きを顕にでもしたらこの男、水を得た魚の如く本領を発揮し、より一層面倒くさいことになるのは火を見るよりも明らかである。

テトラはメローネが最近遂行した仕事のリストを頭の中で展開してみたが、特に彼の機嫌を損ねるものは見当たらなかった。そういえば、そもそも彼に仕事の選り好みはなかった。百戦錬磨のスタンド使いとの交戦を夢見て切磋琢磨するわけでもなければ、非スタンド使いの弱者を嬲殺すことに抵抗を覚えるわけでもない。かつてこのチームに配属される前、テトラは猟奇殺人鬼の男としばらく仕事を共にしたことがあるが、彼の殺し方への異常な固執にはかなり手を焼かされたものだ。結局こちらの足がつきそうになったので始末せざるを得なくなったのだが、それに比べればメローネはかなり優秀な同業者と言っていいだろう。スタンドが変態じみていて、使い勝手の悪さがその変態性に拍車をかけているだけだ。いや、本人が変態なので、ただ変態というだけか。何を言いたいのかわからなくなってきた。

兎にも角にも、このままでは埒が明かない。なおも卑猥な言葉を連ねてくるメローネの顔の前に、テトラは手に持っていた書類を突きつけた。そう、運良くというべきか、運悪くというべきか、テトラはメローネに用があったのだ。

「なんだい、これは?」
「リゾットから伝言よ。新しい仕事ね」
「指令ならいつも通りメールにしてくれよ」
「通信上痕跡を残したくないそうよ」
「そいつは厄介な仕事そうだな」
「タイミングがよかったわね。この状態じゃああなたメールなんて明日まで見なかったでしょう」
「あーあー。萎えちまうね、まったく」

それでも素直に書類を受け取ると、メローネは再び酒をあおった。彼が好んで飲むテキーラを、テトラはあまり好いていなかった。瓶を掲げ、「あんたもヤるかい?」と聞いてくる。どさくさに紛れて太ももに這わされた指をぴしゃりと払いつつ、テトラは素気なく断った。メローネの方もそれほど期待はしていなかったらしくあっさりと引き下がった。

何があったのか。気にならないこともなかった。青アザを作ろうが傷を作ろうが鼻血を出そうが常に上機嫌で、呆れるほどの快楽主義者。その彼を、ここまで陳腐な行動に貶めたものとは。

「たいしたことじゃあない」

心の中を読んだのか、というタイミングでメローネは言葉を発した。

「たいしたことじゃあないよ。だから間違ったって話を聞いてやるとか思っちゃあいけない。俺はそういう女の独善性がこの世で一番大嫌いなんだから」

メローネはいきなり瓶に残ったテキーラをすべて頭からかぶった。桃色の髪、服、ソファ、絨毯、すべてがぐっしょりと濡れる。咄嗟に浮かんだのは、ソルベとジェラートの顔だった。彼ら気に入りのソファにも酒が飛び散ったのが見えたからだ。眉をしかめるテトラをよそに、メローネは水滴を滴らせながら部屋から出て行き、あとには静寂とテキーラの匂い、それに惨憺たる部屋が残った。

咄嗟に思ったのは、この部屋を片付けるのは嫌だなということだった。掃除係から逃れるための手段はただひとつ。テトラはメローネの後を追うことにした。理性と知能を持った人間であれば、泥酔した状態で仕事に向かうことはないだろうが、メローネに関しては確信があった。

そういえばさっき酷い悪口を言われたような気がしたが、別段気にならなかった。もしかしたら彼があんな状態になった理由の糸口として重要なキーワードだったのかもしれないが、掘り下げる気にもならなかった。彼が嫌う女性性とやらが何なのかテトラにはよくわからないし、それが何であれ生きていくために必要なものであれば最大限利用するつもりだ。テトラもメローネも、お涙頂戴や精神分析のために生きているわけではないのだから。

少しの葛藤の後、応援要請のために携帯電話を手にとる。かける相手は決まっていた。罵声は甘んじて受けよう。