わたしはちょうど13歳になったばかりで、しかしすでに毎日は決まった枠組みの中で動くようになっていた。上司と赴く場所は時々変わったが、やることはたいして変わらないので楽なものだった。そして当然のことだが、手にかける相手も毎回違った。そのときはすでに生命力溢れる自分ではない生きものの気配を背後に感じており、あまつさえ思いのまま操れるようになっていた。呼べばすぐに現れてくれたし、ひとりにしてほしいと願えばおとなしく従ってくれた。今まで会ったどの人間とも違っていて、しかしそれは人間ではないのだから当たり前のことなのだった。
窓ガラスにぺたりと両手の平と額をつけて眼下の街を見下ろす。
「あの人はだれ」
身体を離さずに口にしたので、たちまちガラスはくもった。
「誰のことだ」
背後でパソコンに向かっていた男が、身体だけをこちらに向けたのが空気の動きでわかった。わたしが窓の外を見ていたので、道行く人のことを訊ねたと思ったのだろう。
「さっきロビーで話をしていた人」
ああ、と頷いたあと、声はすぐに返ってきた。
「となり街で賭博場を仕切っている男だ」
「組織の人間?」
「もちろん。彼はなかなか有能な男だよ。もっとも、彼は手腕というよりは性癖の方で有名だがね」
「…性癖?」
ほとんど反射的に返していたけれど、すぐに隣にいた少年のことを思い出していた。あっそ、とか、ふーん、とかいうような、これといって情熱の感じられない相槌を打ったように思う。すると後ろから今度は打って変わって、子供みたいなことはやめなさい、とたしなめる声がした。子供だし、子供じゃなかったらわたしここにはいなかったでしょう。好みなんてろくなものじゃない。そんなことを輪郭のはっきりしない意識下で思いながら、窓ガラスにことさら指紋をつけた。
ホテルのロビーに入った途端、上司は中にいた人物に気づくと、明らかに業務用とわかる笑みを浮かべてそちらの方へ向かっていったので、わたしは面倒くさくなって近くにあったソファに身を沈めてロビーの様子を眺めることにした。彼にかけたスタンドはすでに発動しており、間違っても彼の身には何も起こるはずがなかったので決して職務怠慢ではない。
注意をあちこちに向けると、様々な視線とぶつかった。受付の女性はわたしの目に気づいた瞬間、あわててばつが悪そうに視線をそらしたし、荷物係の警備員は明らかに居た堪れないとか痛々しいとか、非難ではなくとも、こちらからすればそれに準じる感情を向けてわたしを見ていた。大体どこへ行ってもそんな感じなのでもはや何も湧き上らなかった。
そんな中、ひとつのちいさな視線とぶつかった。上司の話している相手の後ろに、ひっそりと影のように寄り添っている少年のものだった。
かれの大きく見開かれた瞳をみつけて、わたしは少しだけ首を傾げた。確かにかれの瞳に浮かんでいたのは苦々しさだったけれど、その奥に、なにか違う炎がゆらめいたのを見たような気がしたからだ。年はわたしとそう変わらない。なんだろうと目を凝らせば、かれは目を伏せた。そして傍の男に促されるままエレベーターの中へと消えていった。よりによってこんなところで仕事仲間と居合わせるのは、いくら欲望に従順な彼らであるとはいえやはり気まずいらしい。ほんの二分ほどの出来事であった。
かれがどうしてあんな瞳をしたのかわからない。それでも、まったくの憐憫でも、同情でも、そのどちらでもないのは明らかだった。かれは何も知らない子供ではなく、わたしと同じく毒だらけの世界で眠る子供だ。正しいことをしていると胸は張れない。かといって間違っていることをしているつもりもさらさらない。
あのときわたしたちが交わしたのはお互いへの同情とか自嘲とかそんなものではなかった。セイヴ・ユア・シンパシー。何も知らない者への嘲笑をどこにも向けることができず、そうして苦々しさをふたりして噛みしめたのだ。